影のオンブリア

 パトリシア・A・マキリップ著/井辻朱美訳 ハヤカワFT 
絢爛豪華な城のそびえ立つ都オンブリア、そしてその美しい都の裏に密かに存在する影の世界、巻き起こる権力争い、というとなんとなくマイケル・ムアコックの「グローリアーナ」と重なりますが、読んでいて受ける印象は大分違います。『グローリアーナ』では話の中心が人間の心の裏・表であるために暗く陰湿な印象を受けるのに対し、『影のオンブリア』では表・裏は実際に存在するフィールドのことであり、話の中心はそれぞれ違う原因で二つの世界に関わりあっている登場人物が行動し物語を進めることによって、表の世界と裏の世界とは何か?そしてその二つに挟まれた登場人物たちは何者なのか?を明らかにしていくことにあるので、暗い心理の部分へはあまりタッチせずに、『グローリアーナ』に比べれば登場人物の良い悪いの関係を単純化していて物語が明るいものになっています。ただ、深さが失われているということはなく、人物の立場をみてみると、なんとなく対照的な人物が浮かび上がってきたりして、話の中でははっきりと語られないところまで見ることもできるので、厚みのある作品でもあります。
また、過去が都市の地下に沈んでいって蓄積され、影の街になっていくという設定も魅力的。前に読んだ同作者の『妖女サイベルの呼び声』よりもずっと面白かったです。