イギリスの霧の中で 心霊体験紀行

- 作者: 三浦清宏
- 出版社/メーカー: 中央公論社
- 発売日: 1989/05
- メディア: 文庫
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「幽霊」を信じるか?という問いに答えるのは凄い難しい。
幽霊自体は見たことがないから「いる」と言うことは出来ない。
ですが、体験していないからといって存在自体を否定するということも出来ないから、
「いない」と断じてしまうのことも出来ない。
僕は墓参りに行きますし、怪奇小説を読みます。
存在を完全に否定したものに対して、責任や浪漫を感じたりなんて出来ません。
つまり、僕の中には「信じている」部分も少なからずあって、それが年中行事やら小説の嗜好やらに影響を与えているのでしょう。
ただ、完全に「信じているぜ」っていう人が出てくると、僕は戸惑うし、正直疑ってしまいます。
「何か騙されてんじゃないか?」とか「悪いもん食ったんじゃないか?」とか、
疑問が先に立ってしまって、その人の言うことをうまく・まっっとうに・フェアに吸収することが出来ません。
さりとて、自分自身は「信じる」ことも「信じない」こともしていないわけですから、反論しにくいし同意することも出来ません。ただただ「?」を頭に浮かべながらその人の話を聞くことしかできなくて、なんとも窮屈な思いをすることになります。
この『イギリスの〜』を読んでいる時の僕の心境は常にそんな感覚でした。
本書は作者がイギリスにわたり体験し・学んだスピリチュアルなことを書き綴ったエッセイ集(ちなみに、渡英したのは僕が生まれるより前の昭和53年)。
イギリスは、国民の幽霊に対する興味も非常に高く、心霊研究の総本山といっても過言ではない国です。
心霊研究家に霊媒師、占い師、心霊療法師、幽霊屋敷に幽霊観光ツアーガイド、等々、心霊に関する様々な人やモノに溢れていて、筆者もそれらに積極的に参加し体験していきます。
当時そのためだけに家族を連れてイギリスに行くくらいだから当然なんでしょうけど、筆者は幽霊を「信じて」いる人です。作中でも、自己の体験した様々な不思議な体験に触れ、イギリスの心霊風俗を見事に咀嚼していきます。
ただ、その作中の作者の思考・理解の仕方は、作者にとっては自然でも、僕にとっては不自然な場合が多々あります。
例えば、作者が心理療法師に「お前の父親は、お前のことを随分気にかけているみたいだね」と言われる場面。
生前、筆者との仲があまり芳しくなく、また自己中心的な性格であったという父親が、何故か死後自分の傍らに立ってしきりに気にかけているという、その状況。筆者ももちろん疑問に思うわけです。ここまではわかります。
でも、その結論を筆者が「死後に性格が変わったんだろう」と結論づけるところで乖離を感じてしまいます。
僕なら「この心霊療法師、適当なこといってんじゃねえか」と考えてしまうところなんですが・・・違うんですね。
筆者の考えが真実なのか、間違っているのか。
数世紀にわたりイギリス心霊学者達が研究しているにもかかわらず、今だに結論の出ない、「幽霊」のことともなってしまうと、僕のような者には分かりません。ただ、「信じる」人である筆者の思考が、「信じる」ことに流されて疑うことを辞めてしまったかのようには見えてしまいます。そういう、僕の思考も「信じる」と「信じない」の間にある流れによって、自ら自覚することなくとらわれてしまっているのかもしれませんが・・・どうにも、座りが悪いです。