黒マントの女

イタリアの作家アルベルト・モラヴィアの短編集です。
幻想作品集を期待していたんですが、幻想味のある作品は表題作の「黒マントの女」と「悪魔は世界を救えない」の2作くらいでした。しかし、この2作がとてもおもしろいです。
「黒マントの女」は妻に先立たれた男が、喪失感と性的抑圧の二つに苦しめられ妻にそっくりな姿をした黒マントの女の幻影を見る話です。現実に存在する性衝動ともはや手の届かない妻への思いによって生み出される、様々な感情とその推移がなんとも・・・そしてなによりラストのシーンが衝撃的な作品でした。
「悪魔は世界を救えない」は科学者たちに命と代償に知識を与えてきた悪魔と、知的欲求と歪んだ性癖を持つ天才科学者の話。知と性の狭間で悩んでいた科学者は、悪魔の出現によって知識を求める道を選び取るのですが、知識を与えた当の悪魔は科学者に惚れてしまい必死に誘惑をかけるようになる、という妙に喜劇的な筋立てです。しかし、知識は悪魔が与えただけあって破滅的な面を持ち合わせていますし、恋愛には性によってもたらされる影があります。けして軽い作品にはなっていませんし、結末はやはり寂しく破滅的です。
二つの作品を通して目立つのは、あからさまな性の描写です。初期作のころからよく描かれていた題材ですが、作家として熟成してからはさらにその傾向が強くなっています。ただ、すごいのは、モラヴィアは性という一つの題材を描きながらもそれによって独自のものを表現できていることです。性を恋愛か欲望の象徴として描いたり、反対になんでもないように描くというのはよくありますが、それ以外の何かを表現するために描いた作品というのはなかなかないような気がします。僕がまだ読んでないだけかもしれないけど。
あ、でも他の短編はよく分からないのが多かったです。