怪談の悦び

怪談の悦び (創元推理文庫 (555-01))

怪談の悦び (創元推理文庫 (555-01))


南條竹則による正調英国怪談のアンソロジー
気に入ったものを幾つか。

「森を切り開いて作ったゴルフ場でどうも妙なことが起こるので調べてみたら、古く怖い言い伝えのある場所だった」という、ウェイクフィールドらしいまさに英国怪談な作品。あらすじだけじゃあ直球過ぎて何が面白いのか分からないと思いますが、面白い怪談って筋がありきたりでも、その情景だけでゾッとさせられたりするんです。この「ダンカスター〜」も、登場人物が何の気なしに話している場面で出る一言「〜おや、見てごらん、グリーンがまるで血の海だね」が、非常に印象的。夕焼で森が赤く染まっているだけではあるんですが、その後に何が起こるかを想起させ怖い怖い。
「ダンカスター〜」はこの一言があるというだけで好きな作品。

  • メイ・シンクレア「天国」

宗教好きで影響力の強い母親が死後に作り出した理想の「天国」に息子が迷い込む、という一風変わった作品。上辺が綺麗だけど中身が薄く狭い「天国」の有り様が、偏屈な宗教家を風刺しているようで面白いです。主人公である息子が、この「天国」を壊したり変化させたりすることはできず、ただただ必死に脱出する、というのも、実にリアルな対処法のような気がします。
結末を幸せになったと捕らえるかループして振り出しに戻ったと捕らえるかで、随分印象が変わります。

南條曰く「〜彼(キップリング)はある種の作品を書く時、原稿を吟味の上、名言を要せずして言外に暗示しうる部分はことごとく文章から削る、という作業を行った。本編はそのさいたるもの〜」。ヘンリー・ジェイムズやW・デ・ラ・メアの用いた朦朧法に近い手法です。
ただ、この作品で暗示されているのは、恐怖ではありません。少し陳腐な言い方かもしれませんが、『「彼等」』は「泣ける怪談」なのです。
暗示させるだけという方法は、恐怖だけでなく他の様々な感情も強く振れさせるもののようです。『「彼等」』も気づいた瞬間から、読んでるこっちがえらいことに。


キップリングはすごい。『少年キム』で挫折した思い出しかなかったけど。怪奇ものを集めた邦訳があるそうなので、そちらも読んでみようと思います。