淑やかな悪夢−英米女流怪談集

淑やかな悪夢 (創元推理文庫)

淑やかな悪夢 (創元推理文庫)


ゴシック・ロマンスの時代からそうなんですが、どうも「怖い話」というのは他の文芸ジャンルより女性の進出が早いらしく、怪奇小説の名作の中には女流作家のものが結構あります。ならば、と英米の女流作家の怪談のみを集めたのがこのアンソロジーです。


いつもならこの中から三作ほど挙げて紹介するところですが、今回、この本を読み終えた後、僕の頭を占めていたのはただ一作、シャーロット・パーキンズ・ギルマンの「黄色い壁紙」でした。別に他の作品がつまらないとか肌に合わなかったとかじゃありません。メアリ・E・ブラッドスンの「冷たい抱擁」にはヒヤッとする瞬間がありましたし、もろに幽霊探偵もののE&H・ヘロンの「荒地道の事件」も面白いと思います。
でも、「黄色い壁紙」の怖さ、気持ち悪さは圧倒的でした。


一人の女性が夫や子供と共に新しい家に引っ越してくる。女性は精神を病んでいるようで、引越しは彼女の療養のため。女性は夫から、家の中で一番風通しもよく広い部屋を与えられるが、その部屋の奇怪な模様の壁紙がどうも気になってしまう。しかし、医者である夫の意見には逆らえず、嫌々ながらもその部屋で生活を始める。が、壁紙がどうしても気になってしまう。見ているとどんどん模様が変わっていくようで・・・だんだん、その奥に這い回る小さな女たちの姿が見えてきて・・・


といった感じの筋です。
この作品は、ウェイクフィールドのような情景の怖さもありますが、それ以上に心理的に狂っていく過程が詳細に描かれていて、そこが物凄く気持ちが悪いのです。
人間が狂気に陥っていく、というとロバート・ブロックなんかが思い浮かびますが、正直ブロックの短編は、使い尽くされた感があって、僕はあまり好きではありません。しかし、この「黄色い壁紙」は同じ「狂気」をテーマとしているのに、その鮮烈さが桁違い。理由の一つには、話の語り手本人が狂気に陥っていく話だということもあるとは思うんですが・・・その内情や見えている世界の変化があまりにも生ヶしい。
もうね、最後のほうの壁紙の描写とかは、ほんとに皮膚がゾワゾワとしてきます。なんか、昔ネットにあった自閉症の画家の絵を見てるのと同じ感覚。読んでいるとこっちまでどうにかなっちゃいそうな。
これはもう普通じゃないよと思って調べたら、この作者シャーロット・パーキンズ・ギルマンという人、ほんとに精神疾患を患ったことのある人だそうです。
作品自体、彼女が療養中の実生活をもとに書いたものらしく、彼女と作中の主人公は多くの点で繋がっているようです。
この鮮烈さ生々しさは、ほんものの狂気の体験を描いたからなんですね。
ほんものってすごい。