黄金の壺

黄金の壺 (岩波文庫)

黄金の壺 (岩波文庫)

ついでに、ホフマンをもう一冊。
怪奇っぽかった『ホフマン短篇集』に比べて、こちらは明るいファンタジーといった印象。と言っても、内容自体はあまり変わらず、現実の世界と幻想の世界の間で揺れ動き葛藤する青年を描いています。
現実の世界では、宮中顧問官という仕事と大学の恩師の娘が手に入るかも知れず、幻想の世界では、火の神の娘にして美しい黄金色の蛇(メス)が手に入るかもしれない。
ホフマンにとっては「詩」や「芸術」といったものは、やはり幻想の世界に属するもののようで、幻想となると非常に鮮やで多彩な言葉を使って描いています。しかし、それに対する現実が味気ないものとして描かれているかと言うと、そうではなく、現実の世界にも主人公を愛する女性がいてやるべき仕事もあり、こっちはこっちで充実したものがあるのです。
幻想と現実のどちらがいいと言うわけでないがゆえに、主人公のぐらぐらと葛藤する感覚が強く伝わってきます。
そして、最終的に主人公は幻想に傾き、そこで幸せを得るわけですが、現実に残った人から言わせれば「あいつは狂ちまった」だそうで、一見明るく見えるこの作品も少し視点が変われば「砂男」行きという危うさがあります。
この価値が定まらない感じが、ゴーチェが「ファンタスク(気まぐれ)」と言った感覚なのかもしれません。