黎明に叛くもの

黎明に叛くもの (中公文庫)

黎明に叛くもの (中公文庫)


毎度、歴史上の人物にトンでもない解釈を加えて素敵な裏日本史を描いてくれる宇月原晴明。今作では、武田信玄上杉謙信織田信長といった巨星がひしめく戦国時代に生きた武将・松永久秀が実はペルシア暗殺剣の使い手だった、という設定で荒唐無稽で怪しげな伝奇を描いています。
「信長がフタナリ」とか「豊臣秀頼錬金術やってた」とかに比べると、トンデモ度が低いような気がしますが、それに代わって宇月原作品が共通で持つ「滅びゆくものの悲哀」というテーマが、『黎明に叛くもの』には凄く強く表れています。
聚楽 太閤の錬金窟』 が「老い」の悲哀を書いているとしたら、近作は「脇役」の悲哀がそのテーマ。太陽の如き存在になろうとした松永秀久という人物が、織田信長という真の太陽に出会ってしまい、自分という存在がただ太陽に反抗する小さな一個の星でしかなかったと知ってしまったときの失望や憤り。太陽の前に消えていくしかない悲しさ。ただ、「戦国一婆裟羅な悪党」と謳われた松永久秀がそう簡単に敗北を認めるわけもなく、ただひたすらに消えゆく運命に抗う、そのしぶとくふてぶてしい姿も物凄い。そして、ラストは、松永久秀と同じく信長という太陽にかき消されようとしていたあの人が…と来て、誰でも知っている歴史的な事件に繋げる宇月原お得意の離れ業。
一冊にほんとにいっぱいの楽しみが詰まっています。
大好き、宇月原。