20世紀の幽霊たち

20世紀の幽霊たち (小学館文庫)

20世紀の幽霊たち (小学館文庫)


 まず、最初の収録作「年間ホラー傑作選」でガツンとやられた。
 ホラー傑作選の編集者が反吐の出るような強烈な内容の小説の作者を探す、って筋の話なんだけど、その作中作のあらすじを読んだだけで面白い。本当に短く箇条書きに近い内容なのに、その物語の中の物語に引き込まれる。これで面白い話が一本書けちゃうよって内容を惜しげもなくつっこんだ、贅沢な一篇。
 そして、作中の編集者が「すげえ作家を見つけた!」と感動するみたいに、この短編を読んでるこっちも「すげえ作家(J・ヒル)を見つけた!」って感動してしまう。作中の状況と読んでる自分の状況がリンクするような、この本の構成はすごくいい。この時点でもう僕はJ・ヒルにかなりやられちゃっていた。

 で、表題作を間にはさんで次の「ポップ・アート」は、ホラーじゃなくて「体が風船でできている子との友情譚」という奇想としか言いようのない一篇。子供と風船人間だなんて妙な発想をひょいっと出してきて、それをまるで普通のことのように平然と自信満々に語ってくる。J・ヒルマジックリアリズムだって書けるのだ。
何故風船人間なんだ?ってとこはよく分からなかったが、ただ一点、普通に人間同士の友情を描くより確かにこっちのほうが面白いってことは分かった。

 そして、「自発的入院」。自宅の地下にダンボールで迷宮を作る弟と、内向的で気弱な兄の話。
僕が反応しているだけかもしれないが、この作者は内向的な性格の人物を描くのが抜群にうまいように思う。友達関係で悩む子供だろうがコンプレックス丸出しの中年だろうが、その内面が痛いほどに共感をもって伝わってくる。この作品でも、家族友人関係やら、性への曖昧な興味やらが混じった子供の感情がとても細やかに描いてあって、日影丈吉の「かむなぎうた」を読んだ時のような懐かしい感覚を味わえた。アメリカ人の作品でこんな味を感じるだなんて思わなかった。
あと、東雅夫の解説を読むと、なんだかこれクトゥルものらしい。確かの弟の作る迷宮のイメージや機能はそんな感じ。多分そこが多くの収録作の中で、僕が特にこの作品に惹かれたもう一つの理由なのだろう。

 他にもかなりいい作品が並んでいる。一様に「怖がらせる」「驚かせる」というような作品ではなく、ホラーであれば「怖さ」を使って、奇想であればその風変わりさを使って、作中に味を出したものになっている。どれもこれも、飽きの来ないうまい短編であった。
 新年早々いい当たりだった。